僕らは続きがあるから。またね。

「よく帰って来るね」


東京から一度帰って来た僕を出迎えてくれたのは、久しぶりにあった友人の言葉だった。
少しだけの時間だが近況を話し合い。相変わらず益体もない話題を行ったり来たり。
何の生産性もなかったかもしれないけれど、楽しくて幸せな時間を過ごすことができた。
大阪の夜に見えた通天閣になぜか感動してしまったときは少ししんみりしてしまったが。

 

 


東京で働いてからもうすぐ2ヶ月が経とうとしている。
こちらへ出て来る前は「都会やワクワクする」という感情と「知らない人、土地でやっていけるか」という漠然とした不安を抱えていたがその思いも懐かしさを覚えるぐらいだった。
実際仕事に取り掛かればそんなことを考える余裕はないし、人間関係にも恵まれているのでだんだんと不安も期待も薄れてきている。
ただ、故郷への感情というものはやはり存在するようで22年間過ごして来た思い出を振り返ると切なくなるのは確かだ。
それもあって今は1ヶ月に1度ほどのペースで実家へ帰っている。
ただ両親と会う時間というよりは、友人やお世話になっている人との時間がほとんどになってしまうが。
よく会う友人には東京に行ったのに、会う頻度変わらへんやんと言われて口では否定しながらも心の中では確かに実際そうだなと頷いている。間違いない。
送別会もしてもらったのに、もうすぐ間を空けて帰ってこいという話だ。

ただ、東京での知らない土地に対する不安感とか、知り合いの少ない寂しさだけで帰っているのだけではないと強調したい(もちろんそれらも大きな要素なのかもしれないけれど)。
会える人には、時間を割いてでも多く合っておきたいし大切にしておきたい。

そんな中学校以来の感情を、僕は今持て余している。

 

 

 


あのころの僕は特に青春をしているわけでもない、ほどほどに好きな子がいて友達がいて放課後になればみんなでゲームを持ち寄って遊ぶなどしていたただの中学生だった。
少しばかり校則が厳しいだけの普通の中学校で、小さい不満はあれど成績も普通の生活を送っていた。だけれど少しばかり弊害が存在していた。どうしようもないと、死にたくなるほどには人生に辟易していた。黒歴史というなら、文字どおり中学生時代が当てはまる。
そこらへんは割愛するとして、そこから脱出したのが中学3年時代。
今の僕を作ってくれたのは恩師と呼べる人の言葉と、クラスメイトだった。
中学校の卒業式、学年1仲が良いと言われていた僕たちのクラスではみんな号泣していた。
ヤンキーと呼ばれていた顔がこわい男の子も、かわいらしかった女の子も。
このクラスから離れたくないという思いを、みんなどこかできっと持っていたのだと思う。
そんな僕たちに声をかけてくれた、担任の先生の言葉を。
今でもはっきりと覚えている。
「お前らがそんなに仲良くなったのは、お前らのがんばりがあったからや。
横のやつの顔見てみ。もう友達やろ。前も、後ろも、斜めのやつも。中には苦手なやつもおるかもわからんけど、それでもお前らほんま仲良いよな。なんでかわかるか?
最初に言うたけど、がんばりやで。人と人との付き合いは努力や。嫌なこと言うてしまうこともあるし、自分とは合わへんって感じるやつもおる。だけどそこで諦めたら人付き合いなんて終わりや。お互いが相手のことを認めて、近づく努力をしてないと仲良くなんて絶対なられへんねん。一人だけ近づいても、片方が離れたら距離なんて変わらんやろ。お前らが努力してお互い離れんかったから、今の仲があることを絶対に忘れたらあかん。そうやってほんまに仲のいいクラスをつくったお前らを誇りに思うよ。これからもお前ららしく胸をはって歩いていけ!卒業おめでとう」

僕の人付き合いに対しての考えたが変わった、人生が変わった瞬間だったと思う。
自分の周りにいる人は、僕のことを諦めないでいてくれた人たちなんだと。
僕の近くにいてもいいと思ってくれている人なんだと。
中には嫌な思いをさせてしまったこともあるし、させてしまっている人もきっといるんだろうけれどそれでも離れないでいてくれる。
そんな人たちともっと一緒にいたいと思うし、話したいと思う。
今会えるうちにあって、忘れられないようにしなくちゃって。
いつか言葉とか文字だけじゃなくて、感謝できるようにしなくちゃなと思う。

 

 


「よく帰って来るね」
という言葉に、少し申し訳なさと言うか自分の堪え性のなさを自覚させられるけれど。
また帰ってこられたとも思う。
東京で出会った人もいるし、その人たちも大切にしたいけれど、これまで自分と関わってくれて今もあってくれる人にいつ会えなくなるのかわからないという思いがどこかいつもある。
そこから逃げ出して、これまでの関係の中で過ごしたいと思う時も少なからずあるけれど。
胸を張って歩いていくためにはきっとそれじゃ納得しないし。
今まで以上に頑張ってみよう。
たまに会いに行っても相手してくれるみなさんに忘れらないように頑張って。

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あの夏が終わった。

学生の時、恋愛のことで失敗をしたなあと今でも顔を枕にうずめて死にたいと叫ぶ思い出がある。

 


6月の梅雨に入ったぐらいの時期に出会った彼女とは、図書館で出会った。

受験を控えていた私は休日も勉強に明け暮れる日々を送っており、その日も地元ではない少し遠くの町の図書館で勉強していたのだ。雨の鬱陶しさに負けまいと傘をさして入館すると、案の定人がほとんどだれもいない。
新聞をよんでいるおっちゃんや、司書のお姉さんたちが静かにお仕事をしている風景。
休日でしかも雨なのだからいつも以上に閑散としている。
人っ子ひとり利用していない長い机にスタンバイして勉強の体制に入ると、苦手だった英語の参考書を開いた。

 


雨の音だけが少し館内に響くような、リラックスした空間で集中していると図書館に来て一時間ぐらい経った頃だろうか、一人の女の子が同じ勉強机で本を読んでいることに気づいた。
この施設に勉強できる机はここにしかないのだから、勉強をするならここに来るのは当たり前だったが彼女が読んでいた分厚い本に「マグナ=カルタ解説」と書かれているのを見たときには正気を疑った。
お世辞にも頭がいいとは決して言えなかったが、唯一自信があったのが世界史である私にとってマグナ=カルタについて勉強をする同い年ほどの学生がいるとは思わない。
受験のストレスでおかしくなってしまったのだろうかと失礼な感想を見知らぬ彼女に抱いていると向こうも変な視線を向けて来るこちらに気づいたのか、目があってしまう。
何とも言えない空気となり、私は慌てて英語の文章に助けを求める。
落ち着いて勉強しようと気持ちを切り替えて長文問題へ取り組んでいると先ほどのマグナ=カルタさんのことはいつのまにか頭から抜け落ちて気がつけば夕方になりいなくなっていた。
まだ会話すらしていないあの人の第一印象は、よくわからない人だった。

 

 


休日になるとお決まりの図書館へ出向く勉強はそれからも続いた。
マグナさんも土曜日には勉強机で、「三国志」や、「マハーバーラタ原典訳」を読んでいるというあいかわらずっぷりを見せてくれる毎日。特に会話などあるはずもなく、来ると大体いるというよくわからない相手という関係が生まれているだけだった。


8月になり夏休みに入ったころに、その関係も少し変わる。
きっかけは私がその時読んでいた本だった。
受験に必要なのは英語だけではもちろんなく、国語や世界史といった分野にも手を伸ばさなければならない。その日世界史を振り返っていた私は、学校の先生からオススメされた本を読むことにした。ただ事象だけを追っても理解は深まらないし、本を読むかともっともらしいことを思いながら「夜と霧」という本を棚から持ち出した。ユダヤ人が強制収容されたアウシュビッツ収容所の惨劇。第二次世界大戦という凄惨な出来事の中でも一際残虐性が目立ったこの事件のことを書いた本である。著者の実体験が書かれたこの本は当時思春期の私には少しくるものがあったが一時間ほど読み進めることに成功していた。全ては読み終わっていないが、小休憩としては十分だったしそろそろ教科書とのにらめっこを再開するかと思った時。
「夜と霧ってどこにありますか?」と少しか細いが可愛らしい声が私の耳に届いた。
思い返すといつも本ばかり読んでいたから彼女の声を聞いたのは初めてだった。

声のする方向に目を向けると、カウンターで司書のお姉さんに本の在り処を伺っている彼女がいた。少し話をしたあと、下を向いて残念そうにしながらこちらに近寄って机に座り、別の本を読み始めた(今度はアーサー王物語だった)。居心地の悪くなった私は持っている本を返しにいこうと思ったが、それでは彼女にとって手間だし、何より私の意気地がないように思えたので思い切って声をかけた。
「この本、読みますか?」今思えば、なんてたどたどしかったのだろうと思う。同じ学校でもない、他校の可愛らしい女子と話すなんて難易度の高い真似をしているという理由を差し引いてもいきなり何を言っているのだろうと気持ち悪がられてもおかしくなかった。
そんな私の最悪な予測は外れ、「夜と霧」を私から受け取った彼女は「ありがとうございます」と少し微笑を浮かべてお礼を言ってくれた。

そこからは「よく図書館にいますよね」という話になり、5回ほど顔を合わせているにもかかわらず私たちは初めて自己紹介をした。やはり彼女は他校の生徒で私より偏差値が少し上の図書館にほど近い学校に通う受験生。以前から気になっていた疑問をぶつけようと、「マグナ=カルタとか前読んでたけど渋いね?」と話題をふると彼女は笑いながら「読んでても全然わかんないけどね。世界史を勉強してるから教科書読んでると出て来るものが気になっちゃって読んじゃうの」と応える。
なるほど。どうやら受験のストレスで精神がやられていたわけではないようだ。

お互いに人通り話たいことを終えると、ようやっと名前が判明したSさんがどうせまた会うんだし連絡先交換しよと言うので私は嬉々として連絡先を伝えて私は先に帰宅した。

 

 


夏休みの間は友人たちと遊ぶことはもちろん欠かさなかったが、勉強ももちろん続けていた。
学校の夏期講習があったので図書館にはあまり行かなかったがSさんとのやりとりは細々ながらも続いていた。お互い本が好きということで、この本は面白くない。あの本のこの部分が好きで堪らないよねという話題で盛り上がったり、受験の意味などについてディスカッションしたりしていた。
Sさんとのやり取りを友人たちに話すと、「付き合えばいいじゃん」「はやくデートいけデート」という揶揄するような声ばかりかけられる。「そんな関係じゃないんだ」と言い張るも、「やましい気持ちが一切ないって誓えるのか!」といったからかいに、言葉がつまる。
クラスの女子とも違う、今時の女の子っぽくない価値観を持つ彼女に惹かれていたのを自覚したのはその時だったかもしれない。
その日からなんだか彼女と話をするのがこっぱずかしくなりあまり連絡しないようになってしまった。恋愛なんて経験ほとんどなかったし、自分に自信もなかった。受験シーズンにそんなことしている場合じゃないと言い訳をしていたのである。
Sさんからの連絡は少しくるものの、空返事なのがバレたのか連絡の頻度は目に見えて落ちていった。

10月に入ったぐらいだろうか、秋も深まると言うところで彼女から地元で行われる古本市に誘われた。正直未練タラタラで、友人たちからもしつこく言われていた私はこの誘いに飛びついた。

古本市は京都でやるような大規模ではなく、広めの公園で地域の数書店がためていた本をおよそ正価とはかなり落ちた価格で販売するものだ。
私たちはお気に入りの作家の本があれば舞い上がり、どこかで聞いたような名前の本があれば手にとって読んで見るなどした。
彼女といると、心が浮き立つし胸がしめつけられる。
本の中で読んでいた表現には、どんな状態だよと突っ込んでいたけれど正に的確な表現だと感じた。

古本市から帰り、お決まりの図書館へと寄った私たちは近況を報告しあって別れた。
帰宅してすぐに友人たちへと連絡して今の気持ちを伝えると、いけやいけやの大声援。
これはいくしかないと彼女へ電話をかけたことを思い返すと死にたくなる。
結果は「ごめん、大事な友達としてか見ていなかった」という言葉で察してほしい。

 

 


友人たちに唆されて舞い上がった私は周りが見えていなかった。
恋に恋する男として、自分勝手な思いをぶつけてしまっただけだったのだ。
好きになってもらおうと大した努力もせずに、この思いをぶつければ何とかなる。
思いだけでも伝えれば後悔はしない。
とんだ勘違いもいいところである。
彼女に好きになってもらえればどんなに幸せだろうかと、妄想にふけっていてはいつまでたっても1人のままだ。


1人よがりの身勝手な思いが、身を滅ぼした瞬間を思い返すと休日でも死にたくなる。
気持ちを通じ合うことを望むなら、こちらの思いだけが準備万端でもいけないのじゃないかと恋愛なんてこれっぽちもわからないけれどそれだけは確かだろうと。教訓を得た出来事だった。

 

 

 

 

また夏がやってくるよ。

 

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※この物語はフィクションです。物語中に出て来る団体、出来事は一切現実には(少なくとも私の身にはおきておりません)こんな青春おくりたかったちくしょう!

キタイする自分

「あなたは何をしたいですか?」
私たちはこの質問を飽きるほどされてきたような気がする。
学校の授業で、家族の中で、時には友人や恋人とも話の中でも。

大人になるにつれてその答えは具体性を持って、こんな仕事をしてみたい。こんな人になりたい。こんな生活を送りたい。といったものになってくる。
将来のヴィジョンというか、社会で色々なものに触れていると今後の自身の可能性がいい意味でも、悪い意味でも見えてくるんですよね。ウルトラマンになりたいとか、エヴァンゲリヲンパイロットになりたいとかそういうものがなくなっていく感じ(今でもそういったものを目指されている方ごめんなさい全力で応援します)。

現実に即した目標を掲げることがいいとか、悪いとかは置いておくとしてある程度明確な目標なのでそこに向かう道筋はだいたい想像がつくものになっているはず。
ただ、私の経験から言うと道筋はうすらぼんやり見えていても中々踏み出そうとしないことが多いです。
お金持ちになりたいという目標を持っていたとしましょう。
将来はプールと庭が付いていて、20部屋ぐらいある豪邸に新垣結衣のような最高の奥さんをゲットしたいと思っている。
だけれど、思うだけでお金を稼ぐための勉強もしなければ人脈作りも、新垣結衣に近づこうともしない。30歳ぐらいの自分がなんとかしてくれるだろうとか、勉強は明日の自分に任せて今日は友達とどんちゃん騒ぎだぜ。今の自分には知識も、経験も足りていないから無理だなんて。
未来の自分への意味のない期待をして。
今の怠惰な自分が未来の自分につながるのに、そこまで期待なんてできないのに。


本気でやりたいと思うなら、誰にも憚ることなく今からやってみる。
学生だし、新人だし、何もわからないしという今の状況に囚われることなく。
未来の自分へ無責任に託すことをせずに。
やってみると案外うまくいくかもしれないし、足りないなら今から埋めて行くんだ。
「あなたは何をしたいですか?」という問いに対して、胸を張って答えられるように。
いつかあなたが望むすがたを周りの人に誇ることができるように。

あなたの夢が叶いますように願っております。

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七夕に投稿すれば綺麗だったな…

逃げるは恥だが、悪かない。

逃げるは恥だが役に立つ

みなさんはご覧になっていますか?

 

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ガッキーは本当にかわいいし、本当にかわいいから見たい(星野源の『恋』もめっちゃ好きです)のですが、帰るのが間に合わなかったり寝てたりでまだ1回もちゃんと見ていません。

だからタイトルになんの意味があるのか全然わかってないのですが、改めてよく見てみると逃げることをポジティブに捉えている言葉でいいなあと感じていました。
そこでみなさんにお聞きしたいのですが、

 


「逃げる」と聞いてあなたはどんな印象を受けますか?

 

 

 

 

正直あんまりポジティブなイメージは浮かばなかった人が多いのではないでしょうか?(ポジティブなこと浮かんだ人なんでなのかめっちゃ興味あるので教えてください)


個人的な意見にはなりますが、この記事のタイトルの通り悪いことではないんじゃないかなあと思っています。100%ポジティブとは思えないですけど。

自分ができることとか、やらなきゃいけないことまでもう無理!とか言って投げ出してしまうのは本当の「逃げる」ことだと思うのでオススメはしないです。僕も何回かしましたが後悔と悲しさしか自分にも周りにも残らないので。

僕が逃げても問題ないと思うのは、客観的に見て自分に毒にも薬にもならない状況、行動から離れることです。

 

僕の体験談を例に出すと、
中学時代、僕は半不登校でした。
全く学校行ってないわけじゃないけど登校日の半分ぐらいしか行かないみたいな。


それはイジめられて(かなり軽い?ものではありましたが)いたし、呼吸器系の病気を患っていたりもしたので精神的にも身体的にも学校に行くのが辛かったからです。
学校に行かない時は宿題や、予習、復習する学生引きこもりの鏡のようなことや、近所の子どもの子守とか、放課後になって帰ってきた友達と一緒にゲームしたりなどしていました。
引きこもりではありましたが、人とのコミュニケーションはある程度とってましたね。

 

 

そんな生活が続いて、
ある時母から、
「休みたかったらなんぼでも休み。逃げてるなんて思わんでいいから」と言われました。当時は思春期まっさかりだったので感情はうまく出せなかったけど1人になって泣くほど感謝したことを覚えています。

 


学校に行かなかったら
意気地なしと思われる、
身体弱すぎやろって思われる、
なんで学校来てないのに遊んでんのって思われる、
自由に休めるとか甘えすぎって思われる

学校に行かずに誰かといる時もずっとずっと後ろめたい気持ちでいっぱいでした。他のみんなは普通に学校に行って勉強してるし、遊んでるのに僕は逃げてばっかりって。


何度も、
何度も、
何度も、

 

 

 

頭の中でもう1人の苦しそうな自分が繰り返し叫んでいました。

死のうとは思わなかったけれど、自分を嫌いになるには十分な環境でした。

 

そんな時に言われた母からの一言。
その一言を受けて僕はこの環境を考えてみることにしました。


この環境に立ち向かうことは可能か。
イジめてくる人たちを打破して、クラスに馴染むことはできるのかと。

 

 

 

 

 

 


無理じゃね?

 

 

クラスでの人気者を打ち負かすとかこれまで引きこもってたコミュ障には勝ち目ないし、仮に成功したとしてクラスに馴染めるわけないやん……
詰んだ……


と、客観的に状況を僕なりに分析した結果。このクラスのまま僕が楽しく学生生活を送ることは無理だと結論がでました。
立体起動も武器もなしに巨人に立ち向かうようなものです。すぐに捕食される。立ち向かうべきだというやつを囮にしてでも逃げるべきだとこの時決意しました。

そこから逃げに逃げて学年が変わると、恩師とも言える担任の先生に出会うことができたし、奇跡のような気のいいクラスメイトにも恵まれたのでそこから本当にほとんど毎日学校に行けるようになりました。

 


今、どうしても自分のいる環境から逃げ出したい方。

一度今のご自身の状態を客観的に見てみることをオススメします。
自分に何の非もなくて、傷つくだけで、リカバーのしようがないなら逃げましょう。逃げちゃえ。

後ろ指も刺されるし、自分のこと嫌いになるかもだし、後悔もするし、恥もかくけど覚悟して逃げよう。

それは多分自分にあったフィールドへ移動したり、離れたりするっていう意味での逃げだから。次のところで頑張って足をつけてやりましょう。


当時中学生だった僕もそうなのですが、自分の存在を認めてくれるコミュニティが家族、近所、学校ぐらいしか無いと信じていたので逃げることが人生の終わりレベルに感じれるんですよね。

でも、少しあれから大人になって思ったより自分っていう存在を認めてくれる人や場所ってあるなって。
逃げたくなったらそこに行くもよし、機会を伺って今の環境に戦いを挑むのもいいと思います。


言いたいことがありすぎてまとまりなくなってきましたが、辛くなったら
その場から立ち向かうだけでなく、「逃げる」=離れることを選択肢の1つに入れて欲しいなってことです。


きっと生きてれば「逃げ恥」みたいなドキドキするやつとか、もっと面白いものとか人に出会えるから。色んな世界を見てみてください。


ああ、逃げ恥楽しみ!

 

 


※上部にある写真は、逃げるは恥だが役に立つTwitterアカウント様が投稿された写真を使用させていただいております。

広報てなんやねん

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みなさんこんにちは。

最近ゲリラ豪雨にあって体調を崩していたふるふるです。

傘ちょうど忘れたときに限って降ってくるんですよね。

 

さて、今回のテーマは広報の役割です!

大学時代、「広報」という役割で何年かボランティア等で活動させていただきましたが、その時を振り返って書いていきたいと思います。

 

「広報」と聞くとみなさんどのようなイメージを浮かべるでしょうか?

PR、広告、雑誌、商品発表、SNSなどなど…

多くの人に「何か」対象となるものをお知らせする、といったことが「広報」の役割であるというイメージの方が多いのではないかと思います。

まさしくその通りでございます。

どんなに偉い人がそれは違うと言っても、広報とは「広く報せる」と書く通りの意味を持っています。

ただ私が広報の活動をしていて考えていたのは、なぜ「広く報せる」必要があるのかということでした。

 

 

 

「広報」を担当として必要とする理由としては、人を呼ぶ、知ってもらうためというのも1つ確実にありますが、私が一番重要だと思う理由は「好きになってもらうこと」です。

伝えたい誰かに届けることで、届けるものを好きになってもらう。

ファンが増えればその分来場者や、販売数なども増えるわけですから組織の利益に間接的ではありますが貢献することになりますよね。

単に情報をお知らせするだけでは人の感情を動かして、アクションまで結びつけることは困難です。広報をするときに最も大切なのは「伝えたいことを相手に好きになってもらうにはどんなことをすればいいのか」ということ。

社会に広く報じることで、自分たちのファンを増やすことが「広報」という役割の目的だと考えています。

 

 

 

情報を届ける作業だけになってしまわず、「広報」という役割を担う方は一度自分が行うことでどのような意味、効果を持つのかを考えてみるのも面白いと思います。

一見すると作業をするだけの役割ですがその実とてもクリエィテブな仕事だと思いますので。

 

それでは、さようなら。

 

 

 

 

久しぶりに大阪に帰ってくるとエスカレーターの立ち位置に違和感を覚えたね。

モチベ×ハ×ワクワク

 

みなさんこんにちは。
東京で働くことが決まったふるふるです。
関西圏以外で初めて暮らすことになるのでドキドキしています。

 

さて、
仕事を初めたばかりですが、時々モチベーションが下がって気持ちが入らずミスをしてしまう時もあります。このモチベーション、やる気が仕事の効率化、質の向上につながることはわかっているのですが自然に湧き上がってくるものでもないし、湧き上がって来たとしても結構一時的なもので三日ぐらいするとボケーっと抜けてしまうことが多いですよね。
そんな自分にイライラしてこれじゃダメだと奮起しようとするのですが難しい...

社会人って大変だなあと感じている私でしたがよく考えると学生の時分も似たようなものでした。よーしやるぞ!って思った一時間後にはYouTubeでゲーム実況を見ている。
やらなきゃいけない卒論があるのに借りて来た映画を見ちゃったり、気持ちとしてはやりたい、やらなきゃいけないという思いがあるのに集中力が途切れ結局、結果が思うようにならないということがあります。

極端な例かもしれませんがスティーブ・ジョブズのような社会を変えた経営者の方達はどうやってモチベーションを保っていたのか疑問で仕方ありませんでした。
最近仕事でご一緒した方やこれまでお世話になっている、一緒にやって来た同期を見ているとモチベーションを保つことの根本的な考えがわかってきたような気がします。

「行為ではなく目標をエネルギーにすること」
これが自分を奮い立たせ、成長させるために必要なことだと思います。
「〜したい、してみたい」という願望はもちろん純粋なエネルギーになりえますし、意味がないことなどはありません。ただ、行為を目標にするのではなく「〜のようになりたい」「こんな〜をつくりたい」など明確にこれをすることで自分はどうなりたいのか、という姿を思い浮かべて具体的で明確な目標を持つことによって、そこにたどり着くためにはこれから何をしていけばいいのかを考え、行動していくこと、自分が今どの段階にいるのかがわかります。
私の体験談にはなりますが、大学受験中には自分のバラ色のキャンパスライフを送っている姿を想像した上で何もする時間があるなら勉強に励み、習慣化させていました。


明確で具体的なそれでいてワクワクするような目標を立てることが、今の自分の行為を意味のあるものに変え、やる気を自然と湧かせ理想を叶えるために必要なことです。
なんとなくで、何の背景もなく立てた目標には自分の願望と言えるほどの想いもありませんし、叶えるための具体的なアイデアと行動に結びつかないかもしれません。
今、何もすることがなくてYouTubeを見ている暇がある方も30分間自分のこれからの目標について思考を巡らせるのもいかがでしょうか。

偉そうなことをいいながら私も満足にはできていないのですが。


それでは本日はこの辺りで。
おさらば。

P.S.東京でおすすめの場所があればこっそり教えてください。

Correct syndrome

こんにちは。

つい先日、夜は短し、歩けよ乙女を観にいって京都に行きたくなった私です。

夜の京都いいよね。


最近仕事を始めたり、色んな学生さんとおしゃべりしていく中で感じるのが
正解や模範解答を探すことに必死な人がいること。
自分にももちろん当てはまることではあるけれど、就活とか仕事とかでとりあえずこれをやっておけば問題ないことありますかとか聞く人もちらほらと見ていると失敗、踏み外すことでゲームオーバーになるような緊張感、感覚を覚えながら正解を探している気がする。

これをしておけば問題ない。
この方向に向かっていけばきっと辿り着けるはず。

無意識的に何かを恐れるがゆえに自分ではなく何かわからないものを拠り所にしてやり過ごしたり、そこに依存していくことで思考の放棄につながっている。

正しい人生や方法なんてものはほとんど場合用意されていないし、目標があるのならそこに向かうためにできることを考えて積み重ねていくしかない。

失敗をしても、どれだけ恥ずかしいこと、人に嫌われてしまうようなことをやらかしても人生は続く。

大切なのはそこから這ってでも、諦めずに目指すところ確実に歩を進める覚悟を持つこと。

一足跳びにも、明確な地図を探して
歩くこともおそらくできない。

あやふやで、先の見えない真っ暗で、努力が報われなかったとしても。

失敗と改善と、トライアンドエラーを何度も何度も繰り返した先にきっと望むものがあるはず。
諦めないど根性がきっと道を作ってくれる。


ミスチルのfanfareとか聞いて頑張ろうぜ。

 

https://youtu.be/hqmQmnwiMIU

 

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