読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

【移動】

こんにちは。

 

残暑がましになったと思いきや、台風の連続攻撃で学校が休みになったり、電車が遅れたりとまだまだ生活しづらい季節ですね。

 

今回は先日参加をした「DESIGN EAST」というイベントのテーマである【移動】のお話を聞いた振り返りをしたいと思います。

 

移るために動く

人類に限らず、生命は生まれてから移動を繰り返してきました。

新たな命を育むため、暮らしやすい環境を求めるため、あるいは第三者によって連れていかれるなど様々な【移動】の歴史こそが命の動きだとも言えるでしょう。

現代の人間にとっては命を守るための【移動】はほとんど終え、社会的な生活をするためのものに変わっていきます。それさえも、技術の発達による距離の短縮によりする必要はなくなってきています。

ただ、【移動】の必要性は生活をするためだけにあるものなのでしょうか。

 

動き、移ることで得られるもの

「DESIGN EAST」で聞いたお話の中で印象的だったのが、【移動】で得られるものは移動した物理的距離によって価値が決まらないというものでした。

本を読んで思考の中で体験することや、VRといった現代的な技術を使って行う仮想体験でも精神的な【移動】を行っています。

私たちは身体的、精神的な移動を日に何度も繰り返し、現実の解像度(目には入っているけれどはっきりとは見えていない)というものを上げているのかもしれません。だからこそ、身体的、精神的に移動を長くしている人は現実の中から自分が好きなモノや、問題だと思っていることを拾い上げていくのがうまいのかなあと自分の周りと比較しながら考えていました。

【移動】による考えは相対的なモノ、これまでいたところとは違う異質な空間に移るからこそ見えてくるものや、見えていなかったものがはっきりとさせることができます。

だからこそ、自分のこれからを決めるためにも同じところにとどまらず【移動】を繰り返しながら解像度を上げなければならないと思いました。

 

かなりまとまっていないけれど、感じたことをつどつど書いてみました。

生きている中で私たちは【移動】を繰り返していくけれど、そのうち【停滞】の時期もやってくる。オアシスでのんびりこれまでのことを振り返るのもの必要だけれど、そこが目的地ではないことを忘れずに私は旅に今からでないといけないと戒めをこめた文章でした。