あの夏が終わった。

学生の時、恋愛のことで失敗をしたなあと今でも顔を枕にうずめて死にたいと叫ぶ思い出がある。

 


6月の梅雨に入ったぐらいの時期に出会った彼女とは、図書館で出会った。

受験を控えていた私は休日も勉強に明け暮れる日々を送っており、その日も地元ではない少し遠くの町の図書館で勉強していたのだ。雨の鬱陶しさに負けまいと傘をさして入館すると、案の定人がほとんどだれもいない。
新聞をよんでいるおっちゃんや、司書のお姉さんたちが静かにお仕事をしている風景。
休日でしかも雨なのだからいつも以上に閑散としている。
人っ子ひとり利用していない長い机にスタンバイして勉強の体制に入ると、苦手だった英語の参考書を開いた。

 


雨の音だけが少し館内に響くような、リラックスした空間で集中していると図書館に来て一時間ぐらい経った頃だろうか、一人の女の子が同じ勉強机で本を読んでいることに気づいた。
この施設に勉強できる机はここにしかないのだから、勉強をするならここに来るのは当たり前だったが彼女が読んでいた分厚い本に「マグナ=カルタ解説」と書かれているのを見たときには正気を疑った。
お世辞にも頭がいいとは決して言えなかったが、唯一自信があったのが世界史である私にとってマグナ=カルタについて勉強をする同い年ほどの学生がいるとは思わない。
受験のストレスでおかしくなってしまったのだろうかと失礼な感想を見知らぬ彼女に抱いていると向こうも変な視線を向けて来るこちらに気づいたのか、目があってしまう。
何とも言えない空気となり、私は慌てて英語の文章に助けを求める。
落ち着いて勉強しようと気持ちを切り替えて長文問題へ取り組んでいると先ほどのマグナ=カルタさんのことはいつのまにか頭から抜け落ちて気がつけば夕方になりいなくなっていた。
まだ会話すらしていないあの人の第一印象は、よくわからない人だった。

 

 


休日になるとお決まりの図書館へ出向く勉強はそれからも続いた。
マグナさんも土曜日には勉強机で、「三国志」や、「マハーバーラタ原典訳」を読んでいるというあいかわらずっぷりを見せてくれる毎日。特に会話などあるはずもなく、来ると大体いるというよくわからない相手という関係が生まれているだけだった。


8月になり夏休みに入ったころに、その関係も少し変わる。
きっかけは私がその時読んでいた本だった。
受験に必要なのは英語だけではもちろんなく、国語や世界史といった分野にも手を伸ばさなければならない。その日世界史を振り返っていた私は、学校の先生からオススメされた本を読むことにした。ただ事象だけを追っても理解は深まらないし、本を読むかともっともらしいことを思いながら「夜と霧」という本を棚から持ち出した。ユダヤ人が強制収容されたアウシュビッツ収容所の惨劇。第二次世界大戦という凄惨な出来事の中でも一際残虐性が目立ったこの事件のことを書いた本である。著者の実体験が書かれたこの本は当時思春期の私には少しくるものがあったが一時間ほど読み進めることに成功していた。全ては読み終わっていないが、小休憩としては十分だったしそろそろ教科書とのにらめっこを再開するかと思った時。
「夜と霧ってどこにありますか?」と少しか細いが可愛らしい声が私の耳に届いた。
思い返すといつも本ばかり読んでいたから彼女の声を聞いたのは初めてだった。

声のする方向に目を向けると、カウンターで司書のお姉さんに本の在り処を伺っている彼女がいた。少し話をしたあと、下を向いて残念そうにしながらこちらに近寄って机に座り、別の本を読み始めた(今度はアーサー王物語だった)。居心地の悪くなった私は持っている本を返しにいこうと思ったが、それでは彼女にとって手間だし、何より私の意気地がないように思えたので思い切って声をかけた。
「この本、読みますか?」今思えば、なんてたどたどしかったのだろうと思う。同じ学校でもない、他校の可愛らしい女子と話すなんて難易度の高い真似をしているという理由を差し引いてもいきなり何を言っているのだろうと気持ち悪がられてもおかしくなかった。
そんな私の最悪な予測は外れ、「夜と霧」を私から受け取った彼女は「ありがとうございます」と少し微笑を浮かべてお礼を言ってくれた。

そこからは「よく図書館にいますよね」という話になり、5回ほど顔を合わせているにもかかわらず私たちは初めて自己紹介をした。やはり彼女は他校の生徒で私より偏差値が少し上の図書館にほど近い学校に通う受験生。以前から気になっていた疑問をぶつけようと、「マグナ=カルタとか前読んでたけど渋いね?」と話題をふると彼女は笑いながら「読んでても全然わかんないけどね。世界史を勉強してるから教科書読んでると出て来るものが気になっちゃって読んじゃうの」と応える。
なるほど。どうやら受験のストレスで精神がやられていたわけではないようだ。

お互いに人通り話たいことを終えると、ようやっと名前が判明したSさんがどうせまた会うんだし連絡先交換しよと言うので私は嬉々として連絡先を伝えて私は先に帰宅した。

 

 


夏休みの間は友人たちと遊ぶことはもちろん欠かさなかったが、勉強ももちろん続けていた。
学校の夏期講習があったので図書館にはあまり行かなかったがSさんとのやりとりは細々ながらも続いていた。お互い本が好きということで、この本は面白くない。あの本のこの部分が好きで堪らないよねという話題で盛り上がったり、受験の意味などについてディスカッションしたりしていた。
Sさんとのやり取りを友人たちに話すと、「付き合えばいいじゃん」「はやくデートいけデート」という揶揄するような声ばかりかけられる。「そんな関係じゃないんだ」と言い張るも、「やましい気持ちが一切ないって誓えるのか!」といったからかいに、言葉がつまる。
クラスの女子とも違う、今時の女の子っぽくない価値観を持つ彼女に惹かれていたのを自覚したのはその時だったかもしれない。
その日からなんだか彼女と話をするのがこっぱずかしくなりあまり連絡しないようになってしまった。恋愛なんて経験ほとんどなかったし、自分に自信もなかった。受験シーズンにそんなことしている場合じゃないと言い訳をしていたのである。
Sさんからの連絡は少しくるものの、空返事なのがバレたのか連絡の頻度は目に見えて落ちていった。

10月に入ったぐらいだろうか、秋も深まると言うところで彼女から地元で行われる古本市に誘われた。正直未練タラタラで、友人たちからもしつこく言われていた私はこの誘いに飛びついた。

古本市は京都でやるような大規模ではなく、広めの公園で地域の数書店がためていた本をおよそ正価とはかなり落ちた価格で販売するものだ。
私たちはお気に入りの作家の本があれば舞い上がり、どこかで聞いたような名前の本があれば手にとって読んで見るなどした。
彼女といると、心が浮き立つし胸がしめつけられる。
本の中で読んでいた表現には、どんな状態だよと突っ込んでいたけれど正に的確な表現だと感じた。

古本市から帰り、お決まりの図書館へと寄った私たちは近況を報告しあって別れた。
帰宅してすぐに友人たちへと連絡して今の気持ちを伝えると、いけやいけやの大声援。
これはいくしかないと彼女へ電話をかけたことを思い返すと死にたくなる。
結果は「ごめん、大事な友達としてか見ていなかった」という言葉で察してほしい。

 

 


友人たちに唆されて舞い上がった私は周りが見えていなかった。
恋に恋する男として、自分勝手な思いをぶつけてしまっただけだったのだ。
好きになってもらおうと大した努力もせずに、この思いをぶつければ何とかなる。
思いだけでも伝えれば後悔はしない。
とんだ勘違いもいいところである。
彼女に好きになってもらえればどんなに幸せだろうかと、妄想にふけっていてはいつまでたっても1人のままだ。


1人よがりの身勝手な思いが、身を滅ぼした瞬間を思い返すと休日でも死にたくなる。
気持ちを通じ合うことを望むなら、こちらの思いだけが準備万端でもいけないのじゃないかと恋愛なんてこれっぽちもわからないけれどそれだけは確かだろうと。教訓を得た出来事だった。

 

 

 

 

また夏がやってくるよ。

 

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※この物語はフィクションです。物語中に出て来る団体、出来事は一切現実には(少なくとも私の身にはおきておりません)こんな青春おくりたかったちくしょう!