furufur’s blog

日々の書き溜め。所属している団体、組織には一切関係ないよ。

チームプレイング

みなさんこんにちは。

最近スタバに入り浸っているふるふるです。

家にネット環境が無いって現代っ子からすると発狂する環境だと思うんですけどいかがいでしょう。

 

 発狂寸前の精神を保つために最近は週3ぐらいでスタバにいってWi-Fiを利用しているのですが、ほんとうに1日いるのでパソコンを開きながらさも仕事をしているかのように見せながら「いやほんと長くいてごめん。でも仕事だから」雰囲気を醸し出して許してもらっています。ごめんなさい。

 

 最近はほんとに自由で、よしなしごとを徒然なるままに考えたり、行きたかったところへ行ったりと悠々自適に生活をしているのですが、これまでの生活も少し振り返っていました。

 僕は大学時代、特にサークルやバイトもほとんどやっていなかったので暇すぎて色んな団体さんでお世話になったり、一緒に活動をしていました。

 大学を卒業してからは社会人として少しの間ですが会社員として働いたりもしつつ。

今これまでのことを少し振り返っていると、それぞれで動きやすかったりなんだか窮屈だなーと思う場所があったんです。もちろんその逆も。

もちろん分野も違えば、構成メンバーの人間関係も違うのでそういった要素もあるのだろうなとは思いつつ根本的な違いってなにかあるのでは?と考えていました。

そんな中で特にこの要素で組織のパフォーマンスは変わってくるなと感じた要素の3つを今回は書いてみます。

 

 

目的を共有し、同じ方向を向いているのか

 団体や組織はなにかしら目的があり結成され活動をされています。

組織に所属して活動するということは、組織の目指すべきところに共感や理解を示しているということになりますが個人個人の認識に多少のズレがあることもしばしば。

例えば、「地域のしあわせな暮らしをつくる」という目的を掲げている団体があったとしましょう。団体としてのミッションは「しあわせ=人とのつながり。商店街の閉鎖や過疎化によるコミュニティの減少に対して対策をうつ」ということを掲げています。

しかし最近団体に所属したAさんは「しあわせ=経済的な豊かさ。商店街の閉鎖などからくる雇用の損失が地域経済を衰退させている。地域を賑わせる観光資源をデザインすれば観光客が地域にお金を落としてくれて雇用が促進されのではないか」と考えているので、団体の活動とぶつかりがちになってしまっています。

 ここまでの認識の相違はなかなかありませんが、曖昧な表現をコンセプトにしているところは結構メンバーごとに話を聞いてみると全然違う捉え方をしているところがあります。

この話で言えば「しあわせ」という表現が使われていますがl、団体が捉えている「しあわせ」を所属しているメンバーで共有されていないと「これはうちっぽくないよね」とか「うちのコンセプトの地域のしあわせには当てはまらないんじゃない?」という創設メンバーしか理解しておらず、しかも感覚的にしか団体にも浸透していないという事態になってしまい活動へ参加しているという意識がなくなってしまいます。

こういうことやったらいいんじゃないですか!と思って企画をしても、なんか違うんだよねとか言われたらテンションだだ下がりですし。

みんなが完璧に同じ方向を向いて、同じ道を歩むのは難しいかもしれないけれど、最終的に目指す場所へたどり着けるようにするためにも目的地の設定と共有をしておかないとどこにいけばいいのかわからなくなりますから。

意見の相違だったり、人や活動に惹かれて入ったけど思っていたのと違う…

何を目的としてやっているのか誰もがバラバラにやっているから何をしていればいいのかわからないといったことを無くすためにも目的、コンセプトの共有を怠慢にしてしまうのはよろしくありません。

 

雰囲気

 雰囲気は一番その組織らしさが出る部分でもありますし、ストレスの軽減や、モチベーションを保つためにも重要な要素です。

とはいっても各団体ごとの人間関係や所属している人の性格によって変わってくるものですから一概にこういう雰囲気にすべきだなんてことはわかりません。アットホームな職場とはよく言いますが、じゃあもうずっとYouTube見ていて許されるのかと言われるとそうじゃない…ところが多いと思いますし、言葉でこういうのがいいんだというのは簡単に述べることができますがそれも組織の構成によって違ってくるでしょう。

 理想の雰囲気に近づけるために、気をつけたいのが自分の気持ちが負のときに周りにそれをばら撒くこと。かれぴっぴや友達と喧嘩をしたり、調子が悪い時も往往にしてありますが不用意にばらまくことは周りにストレスを与えてしまいます。

人間関係の基本かもしれませんが、自分の気持ちを周りに押し付けてしまわない。

特に管理する側にたつ人は、自分の雰囲気一つで周りの活動事態を萎縮してしまうことにもつながるのでストレスをある程度自分の中で消化してあげる必要があります。

上司がストレス溜まっているのありありと感じていると、聞きたいことがあってもこれ聞いたら殴られるんじゃないかと恐怖のあまり仕事にならないし、でも聞かないといけないから結局聞くとめちゃいつも以上に怒られるということがかなりありますよね。僕はめちゃくちゃ怒られました。理不尽。

活動がしやすい環境をつくるためには、過度なストレスがかからない緊張感とゆったりとした言動ができる雰囲気を管理していくようにしたほうがいいかもしれません。

 

 

 

次、どうする?

活動をしている中で意識していきたいのは、一度限りのプロジェクトや組織でない限り次に担当する人たちがより先に進むためにどうしたらいいのかを考えること。

次の人がやるためにはここをわかりやすく説明できる資料が必要だなとか、これ自分が次やるとしたらもっとこうしたほうがよかったな、などなど。

昨日より明日。明日より明後日。

せっかく自分たちが切り開いて来た道が、時間が経って草木が生えてまた険しい道に戻ってしまわないように。

次にこの道を進む人たちが切り開いたところまでは楽にいけるように制度や道筋を整えてあげることで、もっと先に進むことができる。

今回は僕たちここまで道をつくったから、これからはもっと遠いところまでたどり着いてなという、次回へ向かう人たちへバトンをつないでいくことも、目の前のことに一生懸命になることと同じぐらい大事なこと。

単純に次にどうするのかという思考を身につけておけば、終わったことをそのままにせずじゃあどうしたらよかったのかを考える習慣になりますから自分の能力を高めることにもつながりますし。

 

 

 

長々と僕が思う団体・組織など集団で活動するときに結構ないがしろにしがちだと思う要素を書いてみました。目の前のことに一生懸命になるあまり、他のことが見えていないということはよくあることで素晴らしくはあるのですがそれだけではより良い成果を出すことってできないと思います。チームで動くから素晴らしいことができるのではなく、素晴らしいチームの活動の結果が社会で求められているのではないかと。

形だけじゃなく気持ちでも1つになったチームが成し遂げたことに感動することってスポーツ中継を見ているとよく思うんですけど、社会活動でもそれができると思います。

感動を生み出せるほどの仕事や、場所をつくってみたいなと思うこのごろ。

 

 

それではさようなら。

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全然関係無いけど、お仕事ください。

じゃあね!